(2)故意犯と過失犯
20050120-13:50 コメントする トラックバックする
ここからしばらくは刑訴法ではなく刑法のハナシ。とりあえず今後の流れの前提だと思って眺めてみて下さい。刑法の基本的な役割については刑法ちゃんのページで…。
さて、刑法では故意犯の処罰が原則です。
刑法38条
(故意)1項
「罪を犯す意思がない行為は、罰しない。ただし、法律に特別の規定がある場合は、この限りでない。」
ここで「故意」というのは、「あー、俺が今からやろうとしていることは犯罪結果を引き起こすなー。どうしようかな…いいや、やっちゃえ! 」ということ。目の前に立入禁止テープが見えているにもかかわらず敢えてそれを破るというところがポイントです。例えば物を壊そうとするとき・コンビニで万引きしようとするとき・人を殴ろうとするとき、それぞれ止めようと思えば止められるというボーダーが有ったはず。それを乗り越えて行為に及び犯罪結果を発生させた以上は、この人の行為は反倫理性が強いものですし、また道義的非難の程度も重いですよね。これが故意犯処罰の根拠です。逆にいえば、その様なボーダーに直面していない場合には故意犯の成立が認められないことになります。
一方、刑法には例外的に過失犯処罰の規定があり、これは38条1項の「法律に特別の規定がある場合」に当たるものです。刑法というものの出番は少ない方がいいということを上記刑法ちゃんのページで書きました。確かに刑法のお出ましを願うまでもない軽微な事件についてはその通り。でも故意犯以外の犯罪被害が必ず軽微かと言えばそんなことはありませんね。「ついウッカリ」で大怪我をさせたり殺しちゃったりということが起こります。特に近代においては交通事故。「あ、子供が道路上で遊んでるぞ。轢いてもいいや」という人はかなりアレで、現実には轢きたくないのに轢いちゃうのが殆どでしょう。そんな場合に例外的に刑法にお出まし願う、それが過失犯処罰規定です。
過失犯の持つ反倫理性・道義的非難の程度は故意犯に比べれば弱いものです。それ故に、発生した犯罪結果が重大なものについてだけ過失犯処罰の規定があります。例えば失火罪・過失往来危険罪・過失傷害罪・過失致死罪など。器物損壊罪については犯罪結果の軽微性から過失犯処罰規定はありません。
さて、じゃあ過失犯の処罰根拠はなんでしょうか。故意犯の場合には「敢えてボーダーを乗り越えた」というところが処罰根拠でした。でも過失犯の場合には自分の意思でボーダーを乗り越えてませんから、これは根拠にはなりません。そこで「注意義務」というものから過失犯の処罰根拠を論じていきます。
すなわち、「ちゃんと相応の注意を払っていれば犯罪結果を回避することができたはずなのに!なんで注意を怠ったんだ!」という点に反倫理性と行為者非難のポイントがあると考えるのです。日曜大工での雨漏り修理中、安定した場所に置かなかったばっかりにトンカチが屋根から滑り落ちて通行人に怪我をさせた、なんて場合、人に怪我をさせるというボーダーを自ら越える意思は無かったとしても反倫理性や非難の程度が大きいというのは普通の感覚で分かりますよね。この場合には注意義務違反として過失傷害罪となっていく、と。
この様に、故意犯と過失犯ではその法的な構造が違うのです。
過失犯の比較
重大な結果を引き起こすが故に処罰される過失犯の中で、特にニュースで耳にするのが業務上過失致死傷罪です。法定刑について他の過失犯と比べると以下の様になります。
罪名 | 法定刑 |
過失傷害罪* | 30万円以下の罰金又は科料 |
過失往来危険罪 | 30万円以下の罰金 |
失火罪 | 50万円以下の罰金 |
過失致死罪 | 50万円以下の罰金 |
業務上過失往来危険罪 | 3年以下の禁錮又は50万円以下の罰金 |
業務上失火罪 | 3年以下の禁錮又は150万円以下の罰金 |
業務上過失致死傷罪 | 5年以下の懲役若しくは禁錮又は50万円以下の罰金 |
*告訴が無ければ起訴できない
過失犯に対する非難の程度は故意犯に比べれば弱い、と書きました。それはこの法定刑の軽さからも伺えます。その中でも業務上過失致死傷罪の法定刑はブッチギリに重いものであるということが分かるでしょうか。この法定刑の重さは以下の様に説明されます。
まず業務上過失致死傷罪における「業務」とは、「社会生活上必要な事務で」「反復・継続して行われ」「人の生命・身体に危害を与える可能性のあるもの」と定義されます。車の運転なんかはまさに業務に当たることになる訳ですね。じゃあなんで業務上他人に死傷の結果を生じさせた人は単なる過失で他人に死傷の結果を生じさせた人よりも重く処罰されるのでしょうか。これは、業務者には通常人よりも特別に高度な注意義務があり、この注意を怠った場合には重い責任が負わされるからだと解されています。車の運転なんてことをするからには、普段道を歩いているときよりも高度な注意を払うのが当たり前。その注意を怠って他人を死傷させるなどもってのほかで、非難の程度は重いということです。
以上が過失犯についての大まかな説明。なお、この様に行為者を非難できるポイントが無ければ、たとえどんな結果を発生させようとも刑罰を科すことはできません。例えば中央線の運ちゃんが人を跳ねてしまうことがあるでしょう。でも時速60キロで走る電車の20メートル前方に突然人が飛び込んできたような場合、そこから生じる死という結果を運ちゃんが回避することは不可能です。この場合に運ちゃんに落ち度があるかと言えばNO。非難できるポイントがありません。
「犯罪的結果を引き起こしたからには無条件で処罰」なんてことは有り得ず、我々はそれ相応の注意を払って行動してさえいれば刑罰という不利益を受けることはないのです。
危険運転致死傷罪はどんな犯罪か
じゃあ危険運転致死傷罪っていうのはどういう犯罪なんでしょうか。交通事故と深く関わる犯罪なんだから業務上過失致死傷罪の仲間(加重形態)であるようにも思えますね。しかしこの2つは全く異なる構造の犯罪。危険運転致死傷罪は過失犯ではなく、故意犯の仲間である結果的加重犯と呼ばれる犯罪なのです。それについてもう少し説明していきましょう。
このページのまとめ
このページで言いたかったことは「故意犯と過失犯は法的な構造が違う」「故意犯よりは非難の程度が軽い過失犯の中でも、業務上過失致死傷罪は最も非難の程度が強く法定刑も重い」「行為者に非難できるポイントが無ければ、発生した結果に対して刑罰は科せない」ということです。
(1)危険運転致死傷罪と業務上過失致死傷罪
(2)故意犯と過失犯
(3)結果的加重犯
(4)刑事訴訟と適正手続
(5)審判対象=訴因
(6)訴因変更
(7)一審の判決
(8)上訴審の役割
(9)一事不再理
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