(3)結果的加重犯
20050120-14:15 コメント (2) トラックバックする
傷害致死罪という犯罪類型があります。
刑法205条
(傷害致死)「身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期懲役に処する。」
前のページで、「行為者に非難できるポイントが無ければ発生した結果に対して刑罰は科せない」と書きました。では傷害致死罪における行為者非難のポイントはどこでしょう。「自分は今人を殺そうとしている。そしてそれでイイんだ!」と思って行為に及んだとすれば、行為者を「人を殺す」というボーダーを越えた点について非難でき、殺人罪へと向かっていきます。ところが傷害致死罪の場合、行為者は「自分の行為の結果、人が死ぬ」ということについては「それでいいや!」と思ってません。又、被害者の死という結果について過失がなくても構いません。それなのに被害者の死という結果について刑事責任を負わされることになる、それが傷害致死罪です。
「おいおい、それはおかしいんじゃないか?」と思われた方は前のページの説明をよく読んでくれた方です。死という結果についてストレートな非難のポイントが無いのに刑罰を科すなんて、本来はおかしいのです。では傷害致死罪における死という結果についての行為者非難のポイントはどこか。
傷害致死罪の条文をよく読むと、「身体を傷害し、よって~」と書いてありますね。つまりこの罪は傷害の罪を犯した人についてのみ問題となる類型なのだと分かります。そして行為者は、傷害罪については「自分は今、他人に怪我をさせようとしている…それでもいいや! 」と自らボーダーを越えているのです。図にするとこんな感じ↓

他人の身体に傷害を加えるという行為は、怪我の場所によっては被害者を死に至らしめる危険性を充分に孕んだ行為。自らボーダーを越えてそんな危険な行為に及んだ以上は、そこから発生する可能性の高い、より重い死という結果についても加重処罰するのが相当である…と考えます。これが結果的加重犯のポイント。基本行為(この場合は傷害行為)を故意で行ったのだから、これと因果関係のある重い結果(この場合は死)について処罰してもおかしくないと考えるのです。また、これを処罰しなかったら被害者や御遺族が納得しないでしょう。
同様に、傷害罪も暴行罪を基本犯とする結果的加重犯だと解されています。
刑法208条
(暴行)「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」
暴行罪における「暴行」とは、不法な有形力の行使のこと。相手の足元に石を投げつけるとか、2人きりの狭い部屋の中で日本刀を振り回すとか、相手がヒヤっとする行為のことです。そしてそんな行為は相手に傷害を負わせる可能性が高いですよね。なので、たとえ相手に怪我をさせようと思っていなかったとしても、自ら「暴行」のボーダーを越えた結果として相手に怪我をさせてしまった場合には結果的加重犯としての傷害罪(仮に命名するなら「暴行致傷罪」)となります(当初から傷害の故意が有った場合は、フツーに傷害罪になります)。
危険運転致死傷罪の位置付け
なんで暴行罪にまで話を広げたのかというと、危険運転致死傷罪の条文上の移置に関係があります。もともと刑法のこの部分は
第27章 傷害の罪
204条 傷害
205条 傷害致死
206条 現場助勢
207条 同時傷害の特例
208条 暴行
208条の2 凶器準備集合及び結集
という並び方をしていました。ここに
第27章 傷害の罪
204条 傷害
205条 傷害致死
206条 現場助勢
207条 同時傷害の特例
208条 暴行
208条の2 危険運転致死傷
208条の3 凶器準備集合及び結集
という形で危険運転致死傷罪が差し込まれたのです。これは危険運転致死傷罪が27章に規定されている傷害罪のグループ、特に暴行罪に類似する犯罪であるということに他なりません。どの様な点で類似しているのかを表にするとこうなります↓
基本行為 | 暴行 | 道路交通法違反の行為で、刑法208条の2各項に該当する危険行為 |
その行為で終わっていれば | 暴行罪 | 道路交通法違反 |
基本行為から傷害の結果が発生 | 傷害罪 | 危険運転致傷罪 |
基本行為から死亡の結果が発生 | 暴行罪→傷害罪→傷害致死罪 (二重の結果的加重犯) | 危険運転致死罪 |
(故意があるのは基本行為についてのみ)
危険運転致死傷罪の本質が結果的加重犯であるからこそ、刑法のこの場所に差し込まれたのです。すなわち、危険運転致死傷罪においては危険行為自体は故意で行う必要があり、しかもその危険行為は人身に対する影響からは暴行罪における「暴行」と類似するもの(相手がヒヤっとする行為)であるとされるため、この条文はこの場所に置かれたのです。
業務上過失致死傷罪との違い
過失犯については、行為者が自らボーダーを越えている基本行為というものが存在しません。それ故に故意犯に比べて法定刑は軽かったですね。そして過失犯の中では業務上過失致死傷罪の法定刑が最も重かった。これは業務者についての高度な注意義務に違反しているからでした。
これに対し危険運転致死傷罪においては、高度な危険性を孕んだ基本行為というものに関して行為者が自らボーダーを越えています。この点について強い非難を見出すことができ、その法定刑は過失犯など目じゃないくらい重くなるのです。
交通事故では、事故りたくて事故る人はまず居ないと思います。事故る人も大抵は「安全運転を心がけているつもりだった。でもつい脇見をしていた」「あれ位のアルコールなら影響は少ない思ってつい運転を続けた」というタイプでしょう。しかし近年、事故を起こすのはそんな可愛いドライバーだけじゃなくなってきてますね。仲間の車とカーチェイスしながら相手の車の直前に割り込んで事故ったりとか、まっすぐ歩けない程ベロンベロンに酔っ払って事故ったりとか。
そんな悪質ドライバーの中の「俺って今かなりヤバイ運転してるよなー…まあ事故なんてそうそう起きるもんじゃないだろうけど(ププー」というふざけた心に強い非難を見出し、危険な運転を故意で行った場合の結果的加重犯としての犯罪類型を作った。それが危険運転致死傷罪です。
この違いから、刑事訴訟で立証されていく対象が違ってくることになります。被害者の死傷結果及び死傷結果と事故との因果関係の立証については両罪共通ですが、加害者の主観について、業務上過失致死傷罪においては「~という注意義務があったのにこれを怠った=過失があった」ということの立証が必要となる一方、危険運転致死傷罪については「自らの行為が持つ危険性を認識しながら敢えてこれを行った=基本行為についての故意があった」ということの立証が必要になるのです。
下級審判例を2個ずつ見つけてきましたので、それぞれ一番最初の「罪となるべき事実」という所を読んでみて下さい…危険運転致死・危険運転致死傷・業務上過失致死・業務上過失致死傷。前の2つについては
被告人は、~という危険な運転を(故意に)行い、事故を起こし、よって被害者の死傷という結果を発生させた
という内容が書いてあることが分かります。これに対し後の2つについては
被告人は、~という業務上の注意義務があったのにこれを怠り、事故を起こし、よって被害者の死傷という結果を発生させた
という内容が書いてあることが分かります。この違いが刑事訴訟の中でどの様に現れてくるのか。それを考えるために、今度は刑事訴訟の基本的な仕組みから考えていくことにします。
このページのまとめ
このページで言いたかったことは、「危険運転致死傷罪と業務上過失致死傷罪は全く異なる犯罪であり、刑事訴訟における証明の対象も異なる部分が大きい」ということです。
(1)危険運転致死傷罪と業務上過失致死傷罪
(2)故意犯と過失犯
(3)結果的加重犯
(4)刑事訴訟と適正手続
(5)審判対象=訴因
(6)訴因変更
(7)一審の判決
(8)上訴審の役割
(9)一事不再理
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御指摘ありがとうございます。修正しました>205条
207条については、いずれ書くかもしれない「初学者の為の刑法」で取り上げてみたいですね。
刑法205条(傷害致死)の法定刑は3年以上の有期懲役に改正されています。
このテーマではありませんが、207条の同時傷害の特例について解説があれば面白いと思います。