(4)刑事訴訟と適正手続
20050120-14:45 コメントする トラックバックする
前のページまでは刑法のハナシでした。でも容疑者とされた人は本当に犯人なのか、どうすればその人に刑罰を科せるのかは刑法だけを見ていても分かりません。そこで、このページからは刑事訴訟法のハナシになります。刑法の規定は、刑事訴訟法によって実現されていくからです。
刑事訴訟とは、刑法が規定する犯罪が実際に行われたかどうかを認定し、国家の刑罰権が発生しているか否かを確定する手続のこと。真相究明・事件の解決は確かに重要ですけれど、お国によって恣意的に刑罰を科されたりしたんじゃタマリマセンから、刑罰という強力な人権侵害の発動は然るべき手続にのっとって行われなければなりません。
この手続は「もし自分が被告人となったらどうだろうか」という想像をしながら考えると分かりやすくなります。ある日突然身に覚えの無い容疑で身柄を拘束され、自分の言い分をアピールする機会すら与えられずに裁判官の独断で「君は刑法の○○という罪を犯したねー」で刑務所行き…なんてことをされちゃ困りますよね。
日本国憲法31条
(法定手続の保証)「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」
日本国憲法の条文のうち、10条から40条までが国民の権利及び義務についての規定。その中で31条から40条までは裁判、特に刑事訴訟に関するもの。人権規定全体のうち3分の1もの条文を使って適正手続を保障しているのです。これは、国家のいい加減な刑事手続によって不当な人権侵害が多発していたという過去に対する反省からです。自白するまで拷問だとか、さしたる証拠も無いのに強制捜査だとか、異常に残虐な刑罰だとか、そんなことがまかり通っていた時代がありました。刑事手続は、国が行う作用の中で最も暴走しやすい危険な刃物なのです。捜査を行うのは行政機関たる警察であり、この段階での人権侵害が多発していた、だから憲法ちゃんも必死。そして行政の暴走を止めるべき司法までが暴走してたらもう収集がつきません。
それでは、国の暴走(やりすぎ)を抑えつつ真相究明及び事件の解決を図ることが出来るような手続とはどんなものであれば良いのでしょうか。それをこれから考えていきます。
当事者主義的訴訟構造
昔の刑事訴訟はこんな感じの構造でした↓

訴える人(検察官)と裁く人(裁判官)は共にお役人ですから、「お上」として二人とも上段に座り、「下々の者」である裁かれる人(被告人)を見下ろしていたのです。この構造では、捜査機関(警察)から検察官へと上がってきた資料を裁判官が予め読み、どんな事件なのかを予めイメージしてから被告人に向かうことになります。つまり裁判官が「なるほど、コイツはこれだけの悪いことをしたとして捕まったんだな」という予断を持った状態で裁判が始まることになるわけです。
一方、被告人からしてみればこれはションボリです。警察が作った資料が100%正しいとは限りません。拷問によって無理矢理吐かされた自白が書いてあるかもしれません。それなのにそんな資料に基づいて予断を持った裁判官に見下ろされ、自分の言い分も「下々の者」であるが故に軽くしか評価してもらえないことになってしまうからです。
この刑事訴訟のスタイルは、「何か犯罪が起きたからには必ず悪いヤツがいるはずだ。そいつを逃がさず必ず有罪にしよう」という要請からは優れている様にも思えます。しかしこの要請を強調すると必ず国家によるやりすぎに繋がりますし、裁判官が予断を持って裁判に臨むために無実の人を有罪にして真犯人を逃してしまうかもしれず、必ずしも真相究明に役立つものとも言えません。
そこで、この様なやりすぎを避けつつ真相究明にも役立つスタイルを考えなければなりません。そしてそのスタイルは現行憲法の精神から導かれることになります。憲法の精神とは、「国の持つ力に枷をかけて暴走を防ぐ」「少数派が多数派に虐げられることを防ぐ」というものです。多数派の意見に流されて罪も無い少数派を国が処罰する…なんて真似は許されません。極端な例を出せば
「1000人中999人は殺人や強盗等の凶悪犯であることがハッキリしている。でも無実の1人が誰なのかは分からない」
という状況下でも、その無実の1人を守るためならば、1000人全員を無罪放免すべきである。
というのが憲法の精神なのです。当然、凶悪犯がお咎めを受けずに999人も野放しにされる訳ですから、一般国民にとってはかなりの痛手になることは確かです。でももし自分が「無実の1人」だったら…と考えた場合はどうでしょう。たとえ999人を社会に放ったとしても、その痛みを国民全体で分かち合うことで無実の1人(少数派)を守ことのできる社会が、憲法の目指すもの。
つまり、我々国民が安心して生活できるためには「間違っても無実の人間を処罰してはならない」というスタイルをとった方がプラスが大きいと考えるのです。そして国家による不当な処罰を避けるためには、「お上 VS 下々の者」なんていう構造じゃダメなことは明白。そこで以下の様な構造をとるべきことになります↓

訴える人(検察官)と訴えられる人(被告人)に対等な地位を与え、これでもかと攻撃防御を尽くさせます。つまり「~という事実があった。だから被告人は有罪だ。これが証拠だ」「いーやそんな事実は無かった。それにその証拠はおかしい。コッチにはこんな証拠もあるぞ」又は「確かにそれは自分がやりましたゴメンナサイ。でも不当に重い処罰は勘弁」という様にバトルさせるってことです。
そして裁く人(裁判官)は一切の予断を抱かず白紙の状態で審理に臨み、目の前で行われているバトルを見ながらジワジワと心証を得ていきます。そして被告人が黒だということに合理的な疑いを差し挟む余地が無い(普通に考えたら間違いなく黒だ)といえるほどの心証を得たときにのみ「有罪」の判決をするのです。
このシステムを取る事で裁判が公正さを持つことになります。つまり、被告人に検察官と対等な地位を与えて精一杯の攻撃防御を尽くさせたのだから、そのバトルに基づく裁判官の判断は公正なのだろう…と考えられるのです。換言すれば、刑事訴訟は国家によるリンチではないのだと言えることになるのです。
そして「間違っても無実の人間を処罰してはならない」という要請を満たすべく、裁判官が有罪の判断をするために必要な心証は「間違いなく被告人は黒だ」というレベルに達していなければなりません。
この様に、訴訟追行の主導権(事実の主張と証拠の申出)を検察官と被告人(両当事者)に委ねる訴訟構造を当事者主義的訴訟構造と呼びます。裁判所は、当事者がボケっとして事実主張や証拠申出を忘れてる様な時に「ねぇねぇ、今のままでいいの? 」と補充的に口を挟むに止まります。だって、事件について最も強い関心を持っている当事者に主導権を与えれば両当事者には真剣な事実主張と証拠申出が期待できるじゃないですか。それが事件の真相究明に役立つし、主体的地位を与えることで被告人の人権保障にも繋がるんだから、裁判所がでしゃばってもいいこと無いのです(一方、期日の指定等の訴訟手続進行については裁判所が主導権を握ります)。
この様なシステムを取る事で、刑事訴訟の目的である「真実発見」「人権保障」が達成されていくことになります。
刑事訴訟法1条
(刑事訴訟法の目的)「この法律は、刑事事件につき、公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障とを全うしつつ、事案の真相を明らかにし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現することを目的とする。」
刑事訴訟法はその1条に於いてこの様な目的をかかげ、もって憲法の精神に基づいた事件処理を目指しています。そしてそれは当事者主義的訴訟構造によって実現されていくということです。
実質的当事者対等の実現
被告人にも検察官と対等な地位を…なんて書きましたけれども、ただ「対等だYO」なんて言うだけじゃ意味がありませんよね。検察官が出してくる証拠は警察が強制捜査によって持ってきた物が多いでしょうし、検察官は法律の専門家なんだから知識の点でも差があり過ぎます。そこで被告人に有利な武器を何個も与え、それによって初めて実質的に対等になると考えます。例えば
●黙秘権
●弁護人依頼権
●疑わしきは被告人の利益に(利益原則・無罪推定)
●検察官の持つ証拠の開示請求
等等(弁護人の役割については2003/09/13を眺めてみて下さい)。
検察官側はお国です。もともと強大なパワーを行使しうる立場なのです。本当に被告人に刑罰を科すのが相応しい事件であるならば、被告人の持つ武器をかいくぐって一発で有罪判決を勝ち取るだけの力を持っているのです。それだけの力を持っていながら裁判官に「黒」の判断をさせることが出来なかったのならば、被告人は「完全な白」であることになります。刑事訴訟において「灰色」なんて結論はありません。「黒」以外は全部「完全な白」です。
このページのまとめ
このページで言いたかったことは、「刑事訴訟の目的は、手続を守って被告人の人権保障を図りつつ真相を究明していくことにある」「刑事訴訟の内容についての主導権は、検察官と被告人という両当事者が握っている」ということです。それを頭の隅において次のページへ。
(このページを含み、これ以降は本来であれば「裁判所が心証を抱く」等と書くべきところを「裁判官が心証を抱く」等と記述しています。挿絵に人形を使っている為にこの様な表記にしました。気になる方、大目に見てください。ペコリ)
(1)危険運転致死傷罪と業務上過失致死傷罪
(2)故意犯と過失犯
(3)結果的加重犯
(4)刑事訴訟と適正手続
(5)審判対象=訴因
(6)訴因変更
(7)一審の判決
(8)上訴審の役割
(9)一事不再理
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