(8)上訴審の役割
20050120-14:57 コメントする トラックバックする
公民の授業で昔やりましたよね、三審制。高等裁判所への不服申し立てを「控訴」、最高裁判所への不服申し立てを「上告」、それらをまとめて「上訴」と言うとか、テスト前に色々と暗記した憶えがあるって人も多いでしょう。
公民の教科書には三審制の趣旨について「3回の裁判を受ける権利を保障することで慎重な判断を期する」とか書いてあります。これだけを読むと1つの事件について審理のやり直しが3回できる様にも見えますけれども、これはそんな意味ではありません。それに上訴できる理由も限定されており、不満があったら何でもかんでも上訴できるものでもないのです。
なぜって、地裁→高裁→最高裁と行くに従って裁判所の数は減っていくじゃないですか。片っ端から上訴されたら上訴裁判所がパンクします。上訴審で判断されるに相応しい事件だけを扱うことにしなければ三審制は機能しないのです。では上訴審で判断されるに相応しい事件とはどんなものでしょうか。上訴裁判所の役割から考えていきます。それにはまず法廷の構造から見て行くと分かりやすいかもしれません。

証言台や書記官席等は省いてありますが、下級裁判所の法廷は上の図の様な感じです。普通はAの席に訴えた人(刑事なら検察官・民事なら原告)、Bの席に訴えられた人(刑事なら被告人・民事なら被告)が座ることになります。ただこれはあくまで「そーいう座り方が多い」ってだけで、裁判所の建物の構造によっては逆になってる法廷もあります。水戸地裁の一部も逆になってたな。
座る場所はともかく、AとBが真正面から向かい合ってますよね。これは当事者にバトルをさせることが目的の法廷だから。どんな事実があったのか、どんな証拠があるのか、当事者にバトルさせるためのデザインなのです。
ところが最高裁判所では、大法廷も小法廷も以下の様なデザインになっています。

AとBが向かい合っていませんね。これは、最高裁判所が当事者同士にバトルさせる裁判所ではないということを意味します。最高裁判所の役割は、下級審の判断が憲法に違反していないか、最高裁の判例に抵触するものではないかについて判断すること。事件の事実関係については下級裁判所にまかせる一方、司法の頂点に立つ最高裁判所は憲法に基づいて法令解釈を統一する役割を担っているのです。当事者ABはもはや事実関係について争うことはできず、裁判官に向かって法令解釈についての意見を述べることしかできません。だからAB共に裁判官の方を向いているのです。(ABの席が一般的な裁判所と逆になっているのは何故なのか。最高裁をウロチョロした際に職員さんに聞いたら「大審院からの名残で深い意味は無い」だそうです)
この役割の違いから、最高裁判所は「法律審」、下級裁判所は「事実審」と呼ばれます。よって上告されるに相応しい事件とは憲法問題や判例問題を含んでいる事件に限られることになります。
じゃあ控訴されるに相応しい事件はどんなものでしょうか。控訴審は事実審ですし最高裁より高裁の方が数が多いのですから、上告ほどは事件が限定される必要はありません。だからといって無制限に許すと収集がつかなくなります。そこで刑事訴訟法は控訴理由についての定めを置き、「本来関与すべきでない裁判官が判決に関与したこと」「訴訟手続に法令違反があって、その違反のおかげで判決に重大な影響が出たこと」「量刑不当」等の事由がある場合にのみ控訴が許されるものとしています。
民事訴訟においては控訴審は「続審制」だとされます。これは、一審の資料に基づきつつ控訴審での新資料も加え、当事者にじっくりと争わせるという制度。控訴審で審理を一からやり直す制度(覆審制)を採ると時間がかかり過ぎますから、従前の資料を利用しつつ更に審理を尽くす方式となっているのです。これにより両当事者に納得いくまで争わせようという発想でしょう。
一方、刑事訴訟の控訴審は「事後審制」だとされます。これは、控訴審は「一審の判断の仕方が妥当か否か」という点しか判断しないという制度。つまり具体的な事件の内容については原則として判断せず、ただ一審の判決の適否について判断するということです。なぜこんな制度なのかというと、それは刑事訴訟だからです。被告人という状態はそれだけで大変な負担を伴うものだと書きました。なので事件に関する事実や証拠はできるだけ一審に集中され、一気に訴訟を終わりに向かわせるべきです。控訴審ではダラダラと事件の内容について争わせるべきではなく、一審の誤りの有無についてだけ判断すべきことになります。
以上の様に、三審制と言っても「3回のやり直しができる」という訳ではなく、それぞれ上訴審の役割は限定されているのです。
前のページの事例では
その様な上訴審の役割を踏まえた上で、前のページで検察官が無罪判決を喰らった場合のことを考えてみましょう。検察官としては被害者側の心情に配慮したつもりが無罪と言われちゃったんですから、これはこのままではおさまりません。控訴しようと思うでしょう。
では控訴審裁判所は何について判断するのでしょうか。具体的な事故の状況だとか証拠だとかをいきなり判断したりはしません。一審の判決それ自体に問題は無いか? という視点で考えることになります。問題が無ければ「控訴理由無し」として控訴を棄却するのです。控訴理由としては
●法律に従つて判決裁判所を構成しなかつたこと
●法令により判決に関与することができない裁判官が判決に関与したこと
●審判の公開に関する規定に違反したこと
●不法に管轄又は管轄違を認めたこと
●不法に、公訴を受理し、又はこれを棄却したこと
●審判の請求を受けた事件について判決をせず、又は審判の請求を受けない事件について判決をしたこと
●判決に理由を附せず、又は理由にくいちがいがあること
●量刑不当
●再審事由その他の事情があること
以上の理由の他に、以下の事由があってそれが判決に影響を及ぼすことが明らかなこと
●訴訟手続の法令違反
●法令適用の誤り
●事実誤認
が挙げられます。じゃあこのどれかに該当するような誤りは一審にあったでしょうか。
前のページの死亡事故なんていう重大な事件について、裁判官が危険運転致死罪の訴因のまま安易に無罪なんて言っていた場合、これは尽くすべき審理を尽くさないまま判決をしたことになります。これは審理不尽として「●訴訟手続の法令違反」に該当します。ところが前のページで裁判官は「コノヤロウ、訴因変更すればこの事件は有罪判決で終わるのに、むざむざと無罪で終わらしちゃだめだろ! 」と訴因変更命令を出していましたよね。こんな最終手段を繰り出してまで審理を尽くそうとしていたのにそれを無視したのは検察官です。それなのに検察官の控訴によって「審理を尽くそうとしていなかった」なんて言われたんじゃタマリマセン。この場面において、裁判官が訴因変更命令を出していたという事実が生きてきます。訴因変更命令まで出したのだから、審理不尽には当たらないということになるのです。
他の控訴理由はあるでしょうか。無罪で終わらせるのは「●量刑不当」に当たるんじゃないかと思われるかもしれません。しかし量刑不当は訴因について有罪の判断があることが前提。1000円程度の窃盗罪(初犯)で有罪→懲役8年なんてのはいくらなんでも重すぎます(普通は起訴すらされず、仮に起訴されたら公訴権の濫用として公訴棄却になりそうなもんですが)。この様な場合に問題になるのです。前のページの例では危険運転致死罪について無罪なのですから量刑不当は問題になりません。
また、裁判官が危険運転致死の訴因のまま業務上過失致死について判断していたのなら「●審判の請求を受けた事件について判決をせず、又は審判の請求を受けない事件について判決をしたこと」に当たることになります。しかし裁判官は危険運転致死の訴因(審判の請求を受けた事件)についてのみ判断していますし、その審理を尽くすための努力もしていました。つまり一審判決に何ら不適当な部分は無いのです。
更に、検察官のこの様な控訴が認められると被告人としては大迷惑。一審でスッパリと終わらせる機会があったにも関わらず検察官のミスでダラダラと刑事訴訟に付き合わされることになるからです。
よって、前のページの様な事例で検察官が控訴したとしても、これが認められることはありません。またこの判断はなんら上告理由を含むものではありませんから、上告しても取り合ってもらえません。すなわち、無罪判決が確定することになるのです。
このページのまとめ
このページで言いたかったことは、「上訴は無制限に許されるものではない」「検察官のミスを上訴で被告人に押し付けることは許されない」ということです。それを頭の隅において次のページへ。
(1)危険運転致死傷罪と業務上過失致死傷罪
(2)故意犯と過失犯
(3)結果的加重犯
(4)刑事訴訟と適正手続
(5)審判対象=訴因
(6)訴因変更
(7)一審の判決
(8)上訴審の役割
(9)一事不再理
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