2005長野・新潟ツーリング(2)
20050904-14:22 コメントする トラックバックする
6時くらいに目覚めるも相変わらずの小雨。予報では午前中に上がるということだったので、朝飯食べたり悶々としたりしながら時間つぶし。昨日の曇天のリベンジとしてもう1回ビーナスラインを走ろうかとも思ったものの、どう頑張っても低く垂れ込めた雨雲の中に突入することになりそうなので泣く泣く断念。この天気じゃ上高地もパスだな…。次に来るときのお楽しみにしておこう。
9時前には雨も上がったのでボチボチ出発。日本海に行くどー。
2005/08/31
時刻 地点 累積走行距離
08:55 松香寮キャンプ場発 376km
09:20 道の駅「ほりがねの里」 392km
09:45 穂高神社 400km
10:55 道の駅「さかきた」 432km
11:33 JR姨捨駅 452km

安曇野の空は果てしなく青いはずだったのにサッパリだよ!まあ天気予報の悪口を言っていも始まらないので穂高神社へ。神社の境内はもとより、その周囲の路地に至るまで落ち着いたいい雰囲気。石造りの柵なんかにも味がある。朝の散歩の途中なのか、ジャージ姿のお父さんがかなり長い間お参りされていたのが印象的でした。
んあ、安曇村や梓川村という地名が見当たらないと思ったら松本市に吸収されてたのね。道理で松本市が妙な形になってると思った…。10月には安曇野市が誕生するし、地図を買い換えないとついて行けないな。
穂高神社を出発したあたりから天気は回復。姨捨駅に着く頃には真夏の陽射になりました。昨日のスカイラインでの涼しさが嘘の様…。
姨捨駅は一部の人の間では有名な駅です。まず日本三大車窓に数えられる駅であることで有名。善光寺平を見下ろす眺めは絶景です。ただどちらかと言えば夜景の方がいいみたいですね(関連リンク:姨捨SAからの夜景)。
もう一点、今や数少ないスイッチバックの駅であることで鉄道ファンの間でも有名です。上り列車も下り列車も妙な停車・発車の仕方をするので、見ていて面白いですよ。駅と線路の構造や列車の入線の仕方についてはコチラのページを御覧下さいな。
駅前には姨捨という名前の由来になった昔話を紹介する看板がありました。曰く、
昔、信濃の国に年寄りの大嫌いな殿様がいた。彼は70歳になった老人は山へ捨ててくるよう国中におふれを出した。
ある月明かりの夜、一人の若者が年老いた母を背負って山へ登って行った。彼の母親は70歳になったので山に捨てなければならなかった。しかしいざ山へ登り、捨てるという時に、どうしても捨てることが出来ず、そのまま母を背負って山を下り、こっそり床下に穴を掘って母をかくまっていたのである。
この頃、殿様のもとへ、隣国から使者がやって来て「灰で縄をなえ、九曲の玉に糸を通せ、さもないと国を攻める。」という難題をもちかけてきたのである。困った殿様は、おふれを出し、この難題を解ける知恵者を探し求めた。これを知った若者が、床下の母に尋ねると、母は塩水にひたした藁でなった縄を焼けばよいこと、玉の一方に蜜を塗り、その反対側から糸をゆわえた蟻を通せばいいと教えてくれた。若者は、さっそく殿様に申し出て、この方法を知らせたのであった。
すんでのところで国難を救われた殿様はたいそう喜び、若者にほうびをとらせようとした。「なんなりと申すがよい。ほうびは望むままに進ぜよう。」「ほうびはいりません。ただ、老いた母を助けてください。実は、この知恵をさずけてくれたのは、70歳になった私の母です。」若者は、涙ながらに母親のことを打ち明けたのである。
国難を救ったのが老婆の知恵であると知った殿様は、いたく感銘し、この時はじめて老人を大切にすべきことを悟ったのだった。むろん姨捨のおふれはほどなく廃止されたということである。
だそうな。いいオハナシ。
12:44 道の駅「信州新町」 478km
15:16 道の駅「能生」 579km
16:57 道の駅「風の丘米山」 638km

白馬村を抜けて一気に糸魚川へ。気温も30℃を突破し、真っ青な日本海を見ながら汗だくで走行。水分補給が欠かせません。能生に着いた段階で本日の宿をどうするか思案。道の駅「能生」に併設されている荒崎キャンプ場は1000円ですが、道の駅「風の丘米山」に併設されているキャンプ場は2000円。安いにこした事は無いけれど、まだ時間も早いし青海川駅で夕日を見たくもあるしで後者を選択。そしてこの選択は間違っていなかった(関連リンク:秘境駅へ行こう!より、ランキング193位)。
キャンプ場にテントを張り荷物を下ろしてからいそいそと青海川駅へ。水平線付近には雲ひとつ無く、日没を拝むには最高のコンディション。波の音を聞きながら無限のグラデーションを楽しむことができました。太陽の下端が水平線に吸い付いてたんこぶの様な形になった後は、NHKのハイビジョンでしか見たことが無い様な景色に。水平線よりも手前の海面に太陽が浮かんでいるかの様な錯覚を覚えます。喩えて言うなら、海面にできた赤いおできみたい…。
うーん、昼間のエメラルドがかった色をした海も絵になるけど、夕暮時も格別だな。
満足してテントに戻るも、またしてもキャンプ場利用者はイシダ1人。まあ空いてる時期を狙って来てはいるんだけれども、2日連続1人ぼっちはちょっとなぁ…。道の駅併設の宿泊施設の方にも泊り客は無く、「採算が取れないからお風呂沸かしてないんですよ」ときた。昼間に汗かいたから入りたかったんだけどな。でも不便さもキャンプの楽しみの一つだから贅沢は言わない説。
さて、道の駅「風の丘米山」併設キャンプ場の簡単なレポです。トイレはボットンでちょっと臭い。便壷から虫が飛んできてアレな感じ。水場もちょっと不便な形。更に国道と高速道路に挟まれているため、車の走行音がかなり聴こえます。はっきり言って「2000円でこれかよ!?」と言いたくなる状況で御座いました。但し、テントサイトからの眺めは最高です。この展望にお金を払っていると思えばまあ…ね?トイレだって道の駅の駐車場の方まで歩けば一応水洗のがあるし。
すぐ近くには同じく利用料金2000円の柏崎国民休養地キャンプ場があるので、次に行くときはそっちを試してみんとす。さあ、3日目は小千谷を抜けて会津高原へ。中越地震被災地の現状も気になります。続く。
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