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山口母子殺害事件の最高裁判断について

ニュースとかネタとか

20060621-00:45 コメント (4) トラックバックする

 社会的にも注目されている事件であり、またメールフォームでのご質問も何通か頂きましたので、若干粗い説明になると思いますが書くだけ書いておこうと思いました。

 最高裁第三小法廷の判決全文はコチラ(pdf)。遺族の方のコメントは以下の通り(産経新聞の記事から引用)。

判決後、東京・霞が関の司法クラブで会見した本村さんは、「上告を棄却しなかった裁判所に感謝はしている。しかし『死刑を回避する理由がない』とするなら、なぜもう一度下級審で審理する必要があるのか分からない」と述べた。

 さて、まず三審制のお話から。ご存知の様に日本では三審制が採用されています。これは中学校の公民でも習った通り、誤判を防止して事件の真実究明・適正な処罰に資するとともに被告人の最低限の権利保障の為の制度です。

 しかし、三審制と言っても単純に3回の審理を繰り返せるという訳ではありません。3回とも最初から審理をやり直せるとしたのでは、最初の審理ほど手が抜かれて真面目な訴訟追行が期待できなくなります。また、延々と刑事訴訟に付き合わされる被告人の負担も大変なものになります。何より、裁判所は地裁→高裁→最高裁と進むにつれて数が極端に減っていくわけですから、上訴手続きで審理するに相応しい事件を選別していかなければ裁判所がパンクし、上訴制度そのものが立ち行かなくなります。

 そこで刑事訴訟においては、事件の真相究明と被告人の最低限の権利保障に必要となる「検察官対被告人の対等なバトル」を第一審に集中させ迅速な裁判進行を図ることを基調とし、かかるバトルに基づく第一審の判決が果たして是認できるものか否かを控訴審に判断させるというスタイルが採られています。もっと分かり易く言えば、「刑事訴訟における控訴審は、第一審の判決が許されるものかどうかということしか判断せず、事件の詳しい内容については原則として後から詳しく調べたりはしない」ということです。

 それゆえ、控訴に際しては控訴する者が控訴理由を明示せねばならず(刑事訴訟法377条~384条)、控訴審では法令適用の誤り・事実誤認・量刑不当等の控訴理由が有るのか無いのかということがテーマになります。第一審判決後に明らかになった事実を考慮して事件の詳しい内容を突き詰めたりすることは原則として出来ず、第一審判決までに明らかになっていた事実を基礎にして第一審判決に控訴理由が有るのか無いのかのみを判断するということです。

 この点は民事訴訟における控訴審とは異なります。民事訴訟では権利関係が時間の経過に沿って変動していくために判決の内容も可及的にその変動に対応せねばならず、それゆえ控訴審は第一審の審理に引き続いて事実の詳しい内容について判断し、現状にもっとも合った判決をしていくことになります。刑事訴訟で扱う事実が「過去に起きた犯罪事実」であって時間とともに変動することが無いのに比べ、民事訴訟で扱う事実が原則として「現在の権利・法律関係の判断に必要な事実」であることから、控訴審にこの様な違いが現れているのです。

 では最高裁はどの様な役割を担っているのかといえば、それは▼憲法の番人としての最後の砦▼法令解釈の統一▼訴訟当事者の最後の救済…です。ここではもはや検察官対被告人の事実をめぐるバトルというものは行われず、控訴審までの判断に憲法違反や判例違反が無いか、最高裁が取り扱うに相応しい法律問題が含まれていないか、控訴審までの判決が著しく社会正義に反していないか…ということのみが争われます。事実問題については控訴審までに任せて充実した審理を期する一方で、憲法・法律問題について特化することで上記の3つの役割を効果的に果たそうとしているんですね。これは民事訴訟でも変わりません。

 以上のことをまとめると、

▼第一審で犯罪事実について集中した審理がなされ、それに基づいて第一審判決がなされる。

▼控訴審では原則として『第一審に控訴理由が有るのか無いのか』しか判断しない。

▼上告審では原則として憲法違反・判例違反についてしか判断しない。

 ということです。これを踏まえた上で最高裁の判決文を読むと、以下の様に書いてあることが分かります。


▼上告してきた検察官の主張は結局のところ「無期懲役はおかしい」というだけであって憲法違反でも判例違反でもないから、この上告は本来であれば認められないものとも言える。

 しかし、事件の重大性に鑑みて最高裁としての職権で調べてみると、控訴審の判決をそのまま放置しては著しく社会正義に反することが明らかなので、以下の理由により控訴審の判決を破棄する。

▼第一審で審理された結果認められた事実は、読んでいて吐き気をもよおすほどの酷いものである。このような犯罪事実があったとの認定については控訴審もOKを出している。

▼同じく第一審が死刑を選択しない事由として挙げた事情は以下の通り。

A 本件は,強姦の点についてこそ計画的ではあるが,各被害者の殺害行為は計画的なも のではない。
B 被告人には,不十分ながらも,被告人なりの反省の情が芽生えるに至っていると評価できる。
C 被告人は,犯行当時18歳と30日の少年であり,内面の未熟さが顕著である。
D これまで窃盗の前歴のみで,家庭裁判所から保護処分を受けたことがないなど犯罪的傾向が顕著であるとはいえない。

 以上の点についても控訴審はOKを出し、第一審の無期懲役という判断が量刑不当という控訴理由には当たらないとしている。

▼最高裁判所としては、まず本件が読むに耐えない凄惨な犯行であり、その後の被告人の情状や社会的影響に鑑み、余程の事情がない限り死刑を免れないものと考える。そこでその事情について見当してみると、

Aについては、殺害そのものには計画性がなくても強姦については周到な計画性があり、しかもその遂行に当たって易々と被害者を殺害しているのであるから、殺害は決して偶発的なものではなく、冷徹にこれを利用したものである。とすれば、殺害そのものに計画性がないという一点をもって「余程の事情」とは言えない。
Bについては、『記録によれば,被告人は,捜査のごく初期を除き,基本的に犯罪事実を認めているものの,少年審判段階を含む原判決までの言動,態度等を見る限り,本件の罪の深刻さと向き合って内省を深め得ていると認めることは困難であり,被告人の反省の程度は,原判決も不十分であると評しているところである。』よってこれも「余程の事情」とは言えない。
(イシダ注:これは被告人が友人に「無期でもどうせ7年で出られる」等という手紙を書いたことも含んでのことだと思います)
Cについては、『実母が被告人の中学時代に自殺したり,その後実父が年若い外国人女性と再婚して本件の約3か月前には異母弟が生まれるなど,不遇ないし不安定な面があったことは否定することができないが,高校教育も受けることができ,特に劣悪であったとまでは認めることができない。』よってこれも「余程の事情」とは言えない。
Dについては、『いともたやすく見ず知らずの主婦をねらった強姦を計画した上,その実行の過程において,格別ちゅうちょした様子もなく被害者らを相次いで殺害し,そのような凶悪な犯行を遂げながら,被害者の財布を窃取した上,各死体を押し入れに隠すなどの犯跡隠ぺい工作をした上で逃走し,さらには,窃取した財布内にあった地域振興券を友人に見せびらかしたり,これでカードゲーム用のカードを購入するなどしていることに徴すれば,その犯罪的傾向には軽視することができないものがあるといわなければならない』よってこれも「余程の事情」とは言えない。

…そうすると、結局本件において「余程の事情」となりえるのは、『被告人が犯行当時18歳になって間もない少年であり,その可塑性から,改善更生の可能性が否定されていないということに帰着するものと思われる。』ただ、18歳になって間もないというだけでもって「余程の事情」になるわけではない。この年齢には相応の配慮をすべきであるが、結局は『本件犯行の罪質,動機,態様,結果の重大性及び遺族の被害感情等と対比・総合して判断する上で考慮すべき一事情にとどまるというべきである。』

▼以上見てきたことを総合すると、死刑を選択しない理由として第一審が挙げ控訴審がそれをOKとしたものは、ABCDを一つずつ見ても総合して見ても、いまだ「余程の事情」には当たらないことが明らかである。

 とすれば、控訴審の判断は「余程の事情」の有無についてろくすっぽ審理せずに第一審にOKを出したものであって、『その刑の量定は甚だしく不当であり,これを破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。』(つまり、しっかりとした理由もなく死刑を回避したものである)

▼結論 本当に本件において死刑を回避する「余程の事情」があるのかどうか。被告人の年齢ゆえの改善更生の可能性と本件犯行の罪質、動機、態様、結果の重大性及び遺族の被害感情等とを併せて、もう一度審理を尽くせ。破棄差戻し。


 「余程の事情」の有無を判断するに足る事実が控訴審までに出尽くしていたのであれば、最高裁も自分で判決を出したでしょう(破棄自判ってやつです)。しかし前述の通り最高裁は憲法・法律問題を扱う裁判所であって、証拠から事実を認定していく作業を行う場所ではありません。それゆえ、事実認定を扱う控訴審に差戻し、「控訴理由ナシって言ったけど、本当なの?第一審判決までに出ていた色々な証拠から考え直すべきなんじゃないの?」としたのです。

 もちろん、判決確定まで更に時間がかかることになりますし、一般的には最高裁の態度が「スッキリしないもの」に映ることは確かです。しかしこれだけの重大事件だからこそ安易な理由付けで結論を出すのではなく、どこからも突っ込みが入らないほどの理由をつけて結論を出すべきだとも言えます。最高裁は、「誰にも突っ込まれないような理由付けを、証拠に基づいてしっかりしなさい」と言ったようなもんですね。

 長々と書きましたが、お分かりいただけましたでしょうか。

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"山口母子殺害事件の最高裁判断について" へのコメント

>控訴審までの判断に憲法違反や判例違反が無いか、最高裁が取り扱うに相応しい法律問題が含まれていないか、控訴審までの判決が著しく社会正義に反していないか…
 
と書いたのは、「判例違反の有無」「最高裁が扱うに相応しい法律問題の有無」「控訴審までの判決が著しく社会正義に反していると見られる事情の有無」を判断するという意味ですので、ご指摘の通り「法律問題が含まれているか」と同じ意味です。
 
「…法律問題が含まれていないかどうか」と書いたほうが分かり易かったですかね。

  •   イシダ
  • 2006年06月29日 20:16

質問なのですが、最高裁がどのような役割を担っているかと書かれている所で、控訴審までの判断に・・・・、「最高裁が取り扱うに相応しい法律問題が含まれていないか」、・・・・とあるのですが、それまでの文章を読むと「・・・法律問題が含まれているか」のような気がするのですが。いかがでしょうか?上告の際には、扱うのに相応しい問題かどうかを選別する、とあったので・・。ご返答宜しくお願いします。

  •   あつい
  • 2006年06月28日 23:37

刑事訴訟が長期化することの不利益については、
 
▼犯罪に対して迅速に判決が出なければ、犯罪の予防・鎮圧という刑事司法の一般的効果が害される▼刑事訴訟の被告人であるという状態はそれだけで社会の白眼視等の負担が伴うため、被告人の権利の面からも迅速な裁判が要請される(憲法37条1項)▼時間の経過と共に事件に関する証拠が散逸し(物的証拠の消失のみならず、証人の記憶の減退なども含めて)、適正な審理がなしえなくなる
 
…といったことが挙げられます。
 
これらの不利益を排除する要請がある一方で、ただ急ぐだけの裁判ではこれまたまともな審理が期待できませんから、どの程度スピードアップを図るべきなのかが刑事訴訟の重要なテーマの1つになっています。
 
破棄自判は確かに刑事訴訟のスピードアップに資する面を持っていますが、上訴審が自判するに必要な証拠が未だ揃っていないのに安易に自判をしたのでは拙速だという批判を免れません。
 
なので、たとえ裁判が長期化していても、それのみを理由として破棄自判がなされるという訳ではないことになります。
 
尚、裁判が異常な経過を経て長期化し、被告人の迅速な裁判を受ける権利が甚だしく侵害され、もはやこれ以上審理を続けることが許されない場合の限界事例としてこんな判例があります。この判例は、裁判が異常に長期化した場合の対応について刑事訴訟法に規定が無くても、憲法37条1項を根拠にして「超法規的免訴」という形で審理を打ち切ったものです。

  •   イシダ
  • 2006年06月22日 00:41

破棄自判は裁判の長期化に伴う不利益を防止する為に行われる場合があると聞いたことがあります。具体的にはどういう時に不利益があると判断されるのでしょう。

  •   
  • 2006年06月21日 01:08

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